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インタビュー
『ありがとう』赤井英和、田中好子インタビュー
『ありがとう』赤井英和、田中好子インタビュー
赤井英和が演じる古市忠夫でいいと思った。
95年1月17日未明、震度6の激しい揺れが神戸市一帯を襲った“阪神・淡路大震災”。災害から立ち上がった人々の勇気と感動の実話を描いた本作は、今もシニアツアーで活躍中のプロゴルファー古市忠夫氏を主人公としたノンフィクション小説『ありがとう』が原作となっている。実在の人物、古市を演じる赤井英和さんと、彼を懸命に支える妻・千賀代を演じる田中好子さんに、話を伺った。
profile
[赤井英和]
1959年生まれ。浪速高校時代、ボクシングでインターハイ優勝。プロ転向後、12連続KOという日本記録を樹立。“浪速のロッキー”として親しまれ、世界チャンピオンを目指すが、2度目の世界タイトル前哨戦でKO負け、生死をさまよい引退。その後芸能界へ転向し、89年『どついたるねん』で映画初出演を果たす。94年の『119』では日本アカデミー賞最優秀賞を受賞。

[田中好子]
1956年生まれ。73年に人気アイドルグループ「キャンディーズ」のメンバーとしてデビュー。78年に同グループを解散し、80年より女優として活動を再開。89年に『黒い雨』で日本アカデミー賞をはじめ、数々の主演女優賞を受賞。近年は、『鏡の女たち』(02年)、NHK連続テレビ小説『ちゅらさん』(01年〜)など。
『ありがとう』
11月25日(土)全国ロードショー
配給:東映
オフィシャルサイト:http://www.arigato-movie.jp/
Q1
今回、非常に強い家族愛、夫婦愛というものを感じさせる作品でしたが、どのような思いで撮影に臨まれましたか?
赤井英和:今回は、実在に基づいたストーリー、全ての話がノンフィクションであるということですので、古市忠夫さんを演じる上で、“赤井英和の演じる古市忠夫でいい”、と思ったんです。ホンマやったら古市さんがやったらええことやから、僕が感じた古市さんを演じました。実際古市さんご自身にお会いしまして、いろいろと話を聞いているうちに、古市さんが持っている、人を引っ張っていく力、明るさ、そういうところは出さないかんと思いましたね。
だから火の中の撮影とか、震災のシーンとか、危険なところはいっぱいあったんですけど、全部スタントなしで自分がやっています。実際の現場というのは、もっともっと過酷やったはずですから。なので、実際の火が出ている中での救出シーンとか、家が崩壊していく撮影なんかは「やらせてください」と言って全部やりました。

田中好子:今まで演じたことのない役をやらせて頂きましたので、千賀代さんに成り切ることは出来ないけど、近づくことは出来るかな、と思いました。そして、実際に被災した方や神戸の人たちにお会いすると、とても普通に日常を送ってらっしゃいます。それはきっとあの震災の中で、人と人が支え合って助け合っていく中で、絆が出来、そこから普通の生活が生まれているんだな、と思いました。ですので、苦しい時悲しい時は思いっきり苦しもう、悲しもう、でも夢を見つけた時は、思いっきり前に向かって明るく演じようと思いました。今回関西弁がとても難しくて、関西弁の独特のテンポや、間の取り方、そういう部分はとても苦労しましたけど、赤井さんのおかげで、助けて頂きました。

赤井英和:いやいやいやいや、とんでもございません! 田中さんが持ってらっしゃる、その女優魂みたいなものは、本当に素晴らしいものがありましたよ。 最初はね、方言の先生からもらったテープを聴きながら、アクセントやら発音やらニュアンスを勉強していましたが、最後の方はもう関西弁丸出しで。撮影終わって、今から昼飯入りますって時に、「ほんまに、これからかいな、飯は」って言ってまして。なんやー、関西弁やないかい!(笑)。撮影が終わってからもずっとそんな状況で、まあそれはやはり大女優たる所以かな、と…

田中好子:もう、あまり時間ないんだから(笑)!

赤井英和:ああ、すんません。まあまあ、こういうノリです。
Q2
今回震災がテーマということで、10年前のリアルな撮影セットを目の前にしていかがでしたか? また、実際10年前はどのようにしてこの震災を知りましたか?
赤井英和:10年前の震災の時、私は東京で仕事してましたので経験はございません。今回の鷹取商店街の様子とかは、現場にいた古市さんは、「まさにこんなんやった。ほんまにこんなんやった」とおっしゃって涙されたのを見て、すごく実感しました。そして、あの何もないところにぽつんと街が出来て、商店街が出来て、公園が出来てマンションが出来て、駐車場が出来てと、一件づつリアルに出来ていく様子を見ていくと、実際の地震は知りませんが、なんだか擬似体験をしたような気が致します。

田中好子:私はちょうどあの日の早朝に何故か突然目が覚めて、なんか地震が来るって、一瞬思ったんです。それでうとうとしながら朝テレビをつけたら、すごく驚いて。で、震災が起きたことをテレビが報道していて、マネージャーが神戸出身なものですから、すぐ電話して「テレビつけて!」と言いました。私は最初、映画の撮影でもやっているのかなー、とそんな感じで見ていたんですけど、そうじゃなくてこれが実際に起きている映像だ、と思ったらすごく身震いしました。私の知り合いに、家族は無事だったんですけど家が半壊したという神戸の方がいて、実際に映画のセットを見に来てくれたんです。そしたらその方は、これと同じだ、と言って涙されてました。その時改めて、本当にこの中で命を失った人、救われた人がいて、本当に大変だったんだな、と実感しましたね。

決して大変という言葉だけでは片付けられないほど、本当にひどい目にあった人たちが一生懸命生きた。でも生きたけれども、やはりその衣食住3つが揃っても、自ら命を絶った人たちも中にはいたということを聞いて、やはり一人じゃ生きていけないんだな、と。支え合って助け合って、夢を見つけて希望に向かっていかないと、人間というのは本当に弱いんだなと。夢って必要なんだな、と思いましたね。
赤井英和
Q3
実在の人物を演じていらっしゃいますが、役作りについてはいかがでしたか?
赤井英和:実際の古市さんは、非常に明るい方で、声も大きく元気な方です。この話はやはり震災の話ですから、涙が止まらないシーンもたくさんあるんですけど、その明るさは失ってはいけないなと思いました。本当に古市さんって、ごっつい楽しい人なんですよ。そういう日常の何気ない笑いとかを大切にしながら演じましたね。田中さんとも、神戸行ったらこういう夫婦はいてはるんやろうな、とイメージしながら演じてました。

田中好子:千賀代さんは初めてお会いした時に、とても控え目なんですけど、本当に芯のしっかりした明るいお母さんって感じの方でした。本当は千賀代さんとしては、夫に支えて欲しかったと思うんですよ。それがまさかプロゴルファーを目指すなんて思いもしなくて、そんな夫を何故支えなくてはいけないんだ、と疑問を思いながらも、そこには確かな家族愛があったと思います。 言葉のアクセントの問題もありましたが、お会いした時に、すごく旦那さんを支えている芯の強さみたいなものを感じたので、その女性像、千賀代像みたいなものが、自分の中で膨らんで、演じることが出来ました。

赤井英和:田中さんは、もともとお優しい方ですから、きついこと言うてる中でもどうしても優しさが出てくるんですよ。なんか「もうスーちゃんが言うてるからええよ!」と思うてしまうんですよね(笑)。ほんまに、この千賀代さん役は田中さん以外では考えられませんでした。
田中好子
Q4
とても心に響くセリフが多いですが、お二人の心に響いたセリフはありましたか?
田中好子:「苦しなったら顔上げて、奥歯折れるまで噛み締めて、笑うんやで」これ大好きです。合ってた?

赤井英和:もう完璧です! 台本通り、一字一句間違っていません。僕は「わしら生かしてもうとんねん。誰かに生かさせてもうとんねん。生かさせてくれとお人に感謝せな」というところですね。
Q5
今回共演されたのは初めてと伺っておりますが、ご共演されての印象は?
赤井英和:もう、それは…うちの奥さんも…

田中好子:よしこちゃん。

赤井英和:はい。よしこちゃんも、スタジオの撮影に来たりしてたんですけど、よしこちゃんも俺のこと怒るばかりやなしに、田中さんみたいに優しかったらええのにな、と思いますね。
あの、本番カメラ回って「よーいスタート」って時に、長年の夫婦の歴史を感じさせるようなお芝居して下さいますし、それはすごく助けられました。田中さんが見て下さるだけで、そういう気持ちにさせてくれて。それは田中さんの力やな、というのをすごく感じます。

田中好子:もう何年前だろう。ちょうど私が『黒い雨』で賞をもらった時に、赤井さんもデビュー作の『どついたるねん』で賞を頂いて、いつも授賞式のときにお会いしてたんですよね。

赤井英和:その時まさかご一緒させて頂くなんて夢にも思いませんでした! 夢は叶うもんですね。僕はキャンディーズのさよならコンサートも見てました。もう奥さん役で出て下さるなんて、ありがとうございます!

田中好子:(笑)。その時の印象がすごく強くて。ですから夫婦の役をやらせて頂けるということは、なんだか授賞式の時の2人を思い出しまして、不思議な縁を感じました。
Q3
赤井さんは今回ゴルファーの役ということで、実際プロを演じるということで改めて難しさを実感したのでは?
赤井英和:いやー。難しいですよ、そりゃ。プロにみっちりついて、クランクインまで3ヵ月練習しましたけど、自分は上手いことやってるつもりやねんけど、何がちゃうねんって思ってね。難しかったけど、本番回ると実際パターもバチーンと決まったりして、「おっしゃーっ!!」てなりましたね。なので撮影中はゴルフの腕前もかなり上達したと思います。でもクランクアップして戻りました。『ありがとう2』があったらまた戻ると思います(笑)。
Q5
この映画に関わったことで、ご自身の価値観の変化というのはありましたか?
赤井英和:はい、心の持ち方であるとか、命の大切さであるとか。一番言いたいのは、感謝する気持ち。「ありがとう」というのは、相手にちゃんと目をみて伝えんことには、ないのと一緒ですよ。言葉には魂がありますから。僕は今1日160回くらい言うてます。

田中好子:私も命の重さであるとか、大切さだとか、あと夢とか希望を持ってないと、人間というのは弱いんだなと思いました。

赤井英和:なんぼ食べるもんあっても着るもんあっても、夢希望がないと生きていけませんからね。

田中好子:そうですね。あと感謝の気持ちね。言葉に表わさないと伝わらないんだと思いますね。
Q5
今回このような悲惨的なセットの中でも皆さん楽しく撮影されたようですが、現場の雰囲気はいかがでしたか?
赤井英和:ずっと田中さんにマッサージしてましたね。

田中好子:(笑)。あ、手をマッサージしてくれてたんですよ。こうやって…

赤井英和:こうやってマッサージしてて、「あ、スーちゃんの手触ってる。スーちゃんや…」って思いながらね。実際は「これが腰に効いて、これは目に効いて…」と当たっとるかどうか分からんけど、嘘言いながらずっと触ってましたね。
Q5
先ほど「夢がないと生きられない」という言葉がありましたが、最近自殺のニュースが後を絶ちません。そんな方々に何かメッセージをお願いいたします。
赤井英和:命の大切さ、尊さ。あと、先ほども言いましたけど、自分は生かされてる、自分は愛されているということ。命というのは大変なものであって、それを「この映画を観てから考えろ」と言いたいです。この映画を観てくれたら、生きたい人はなんぼでもおって、それにも関わらず死んでいった方はたくさんいます。そんな人に命の大切さをわかって欲しいと思います。

田中好子:昔は大家族で、本当に小さなことでも家族で話し合って解決していきましたよね。今核家族化が進んでいる中で、やはり一人ぼっちで考えて進んでしまう人が多くなっていって、一人で生きてるって勘違いしている人が多いと思うんですけど、人間って一人じゃないですよね。やはり助け合って支えあって、人間って生きていくと思うんです。だから、一人じゃないんだ、誰かに相談して勇気を持って悩みを打ち明けたりする人を作って欲しいですよね。なんか全部自分で抱え込もうとしないで、遠慮じゃなくてちょっと控え目じゃなくて、大きなお世話でいいんですよ。なんかそれを言ったら悪いんじゃないか、って控えめになる人が多すぎて、大きなお世話でいいからもっと前向きに、生きて欲しいなと思いますね。
編集部の呟き
豪快な雰囲気が魅力の赤井英和さんと、アイドル時代から可憐なイメージを保ち続ける田中好子さん。そんな2人のインタビューということで、やや緊張気味でしたが、まずは赤井さん。えー、察するにかなり人見知りなのでは? 最初の方は、ちらちらと目を伏せながらもゆっくり丁寧に話す姿が印象的でしたが、途中から堰を切ったように話し始め、だんだん“ナニワの兄ちゃん”へと豹変。でも相手の目を見て、真っ直ぐに話す様子は、本当に根が素直でおおらかな人なんだ、と感じました。
相反して田中さんは、本当に小柄でキュート。こんな方が隣で微笑んでくれて支えてくれたら、私でもプロゴルファーを目指すかもなぁ、なんて考えてしまいました。 そんな2人が声を合わせて言っていたこと。「夢、希望がないと人間は生きてはいけない」 非常に身に染みる言葉でした。
(取材・文:篠原藍、写真:しべはす)
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