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インタビュー
『エコール』ルシール・アザリロヴィック監督 単独インタビュー
『エコール』ルシール・アザリロヴィック監督 単独インタビュー
思春期前の少女たちは無垢で生きる喜びにあふれながら、成長することへの怖れも感じている
思春期前の少女たちが学び暮らす森の中の学校(エコール)。無垢な少女たちはどこからやって来て、どこに行くのか――。フランス映画界の異端児ギャスパー・ノエ監督の公私にわたるパートナーで、96年には中篇『ミミ』で監督デビューを果たしたルシール・アザリロヴィックの長編処女作『エコール』。耽美的な映像で夢想的な少女の世界を創り出した監督に話を聞いた。
profile
[ルシール・アザリロヴィック]
1961年5月7日フランス、リオン生まれ。ギャスパー・ノエの公私にわたるパートナーとして知られるルシールは、短編作品にて監督、編集、演技も経験しつつ、プロデュースと編集を担当した、ギャスパー・ノエ監督作品『カルネ』(94)でカルト的人気を得る。91年にフランスで公開され、日本でも話題を呼び、“ビザール・シネマ”(世紀末のアブノーマル感覚を漂わせ、見る者を陶酔の境地に誘う映画)というフレーズを流行らせるまでにも至ったこの作品は、良識派の批評家たちからは批判を受けたものの、一方では作品に衝撃を受けたデザイナーのアニエス・ベーは二人のプロダクション資金援助をはじめた。その後ルシールは初監督作『ミミ』(96)にて、現代版のあかずきんちゃんの物語を、幻想的な空気でみごとに演出した。
『エコール』
11月3日より、日比谷シャンテ・シネ、渋谷Q―AXシネほか、全国で公開。
配給:キネティック
オフィシャルサイト:http://ecole-movie.jp/
Q1
昨年のゆうばり国際ファンタスティック映画祭のコンペティション部門にこの作品が出品されて、審査員特別賞も受賞されましたね。夕張はいかがでしたか?
素晴らしかったわ。大好きな映画祭だった。実は昨年が2回目だったの。数年前にも『ミミ』を持って行ったから。本当に特別な雰囲気の映画祭だった。山に囲まれた小さな村で、人々はとても温かく町全体が家族的だったし、一方では観客が映画について熱く語り合っていて、それにも心打たれたわ。でも、この映画祭が今年で終了したと知って、すごく悲しい気持ちよ。ユニークな映画祭だったし、運営も素晴らしかったから。
今回の作品は、思春期前の女の子たちのとても危うい“イノサンス(無垢)”とエロスがない交ぜになったような世界が、耽美的な映像で夢想的に描かれていて魅了されましたが、ご自身ではどのような思いをこめて作られたのですか?
エロスというよりも、官能的な雰囲気をこめたつもりなの。あの年頃の少女たちというのは、私自身も田舎に行っては一日中森の中で遊んだりしたけど、自然の中で遊ぶことが多く、自然との結びつきが強いわ。とても無垢で、喜びに満ちた時代ね。だから、ある種の軽みと歓びの感覚と共に、成長していくことへの少女たちの怖れが、この映画には表れていると思う。相反する感情が混在しているの。いわゆるセクシュアリティーというのは、もう少し後、思春期に入ってから結びついていく問題であって、この映画に登場している少女たちというのは、自然の中で肉体が解放されていく時期にあると思うわ。少女たちの身体的な開花というものを、ここで描きたいと思ったの。

Q.エロスというのは、見る側から生まれるということもありますよね?

確かに、大人の観客が見ると、少女という存在はエロティックかもしれないし、ここで繰り広げられているイメージをセクシュアリティーと関連付けるということもあり得るわね。ただ、あの少女たちは“無垢”というよりは、そうしたエロティックな想念に対して、全く無自覚、無意識なのだと思う。セクシュアルな妄想と関連付けて考えることがあるとすれば、それはまさしく、見る側である大人の頭の中の問題ね(笑)。
Q3
フランク・ヴェデキントの原作には不吉でネガティブな要素があり、それを排除したということですが、具体的にはどういったものだったのでしょう?
ヴェデキントの小説「ミネハハ」は、この映画よりも不安感を誘う要素が多いかもしれない。それは解釈にもよるし、この小説が書かれた時代の影響もあると思うわ。この小説から私が映像化したかったのは二面性の部分、明るく楽しい要素が、同時に不安や緊張感を孕んでいるという部分だった。それは成長することへの怖れ、未知のものへの怖れを反映しているのかもしれない。例えば、学校という存在。すべての教育がそうだと思うけれど、どれほど子供が楽しめるユートピア的な環境であっても、どこか子供たちを型に嵌める要素があるものだわね。そうした二面性が不安感を引き起こすのだと思う。つまり私は、影の部分と陽の部分を混在させて提示したかったの。人生のあらゆる要素には二面性があり、アンビヴァレント(両義的)なものだわ。ああいった閉ざされた環境に自分の居場所を見つけて適応できる人もいれば、適応できずに抜け出そうとする人もいる。それもまた人生ね。それと、小説のほうが映画より不安感に覆われているというのは、小説は20世紀初頭に書かれたもので、時代背景的にはナチズム、全体主義の台頭があり、また女性に対しても厳しい社会だったということがある。そういったムードを反映しているけど、概して現代にも十分通用する小説だと思うわ。
Q4
監督ご自身の少女時代の記憶は反映されているのでしょうか?
そうね。とても自伝的なところはある。少なくとも、心情的には私自身が反映されている映画だわ。小説を読んだ直後は、私の記憶との類似性に気づかなかったけれど。ヴェデキントが用いている様式は私自身の様式ではないので、読みながら自己投影することもなかったのだけど、時間を置いてちょっと考えてみると、非常にパーソナルでシンプルな感情がそこにはあって、心情的にはまるで、私自身の少女時代を映しているようだと気がついたの。
Q4
原題である“イノサンス(無垢)”という言葉は“失われつつある”ということと切り離せないと思いますが、監督ご自身はどのようにお考えですか?
“イノサンス(無垢)”は“無意識”と結びついた言葉で、“自由を与えられている”という意味も含んでいると思うの。おっしゃるように“イノサンス(無垢)”というのは人生の中で失っていくものだけれど、突然失うのではなく、人生のつれづれにおいて徐々になくしていくものであって、ちょうど知識が蓄積されていくのと反対の現象ね。私の“イノサンス”という言葉の定義には、“まだ生まれていないもの”というのもある。無垢な人には独特の心身の軽さがあると思うけど、傍から見るととても危うく感じるものだわ。“こんなに無垢で、この人は一体どうなってしまうんだろう?”と思うでしょう? 自身は全く無意識だけど、外側の視点からは非常に危うい存在であるという、その対比が非常にダイナミックで面白いと思ったので、この映画の要素として採り入れたの。“イノサンス”を、いわゆる道徳的な意味で用いているのではないわ。
Q4
すごく東洋的な見方なのかもしれませんが、この“エコール(学校)”は、これから生まれようとしている子供たちの死の世界のように見えました。
そうしたイメージは間違っていないと思うわ。私は人生を循環するもの、絶え間ない変容の連続としてとらえているので、死と再生という概念はよく理解できる。
Q4
興味深かったのは、マリオン・コティヤール演じる教師エヴァが子供たちに授業で生物の進化を教える一方で、一人になると蝶の標本作りに没頭しているということです。そこには、美と若さを永遠にとどめたいという願望があるのでしょうか?
そうね。おっしゃるように、彼女が蝶を殺しているというのは、若さへのノスタルジーであり、死によって若さを永遠に固定させたいという欲求の表れでもあるわ。そこには死があると同時に、蝶の若さを保存する行為でもあるという両義性が面白いと思うの。マリオン・コティヤールとエレーヌ・ドゥ・フジュロール演じる2人の教師というのは結局、悪者でもなければ善人でもなく、その両方を兼ね備えた存在だわ。蝶を殺すという行為は、エヴァのネガティブな部分が表れている。彼女の不安を象徴しているの。
Q4
今作は撮影も見事でした。とりわけ色の出し方が素晴らしいと思いましたが、ご苦労はありましたか?
撮影監督はブノワ・デビエだけど、彼と仕事が出来て本当によかったわ。というのは、そんなに難しいこととは思わずに、私は撮影前に映像に関する決め事をしていて、例えば、照明プロジェクターの人工の光は使いたくない、すべては自然光で撮りたいと言っていたの。だから、劇場のシーン以外は、太陽光やその場にあるランプの光などを生かして撮っている。彼はそのことを尊重してくれたわ。あと、色彩的にも多様な色を使いたかった。木の緑、服の白、女の子たちのリボン、そうしたものの色を生かした映像を求めていたのだけど、彼はそれも実現してくれた。ブノワは確固たるテイストを持った人でありながら、仕事も速かったし。それは今回、通常の撮影以上に大切なことだったの。幼い少女たちが出演しているので、手際良く撮影しないと、子供たちはすぐに飽きてしまったから。確かに、こうしたビジュアル重視の映画なので、撮影監督の功績は本当に大きかった。 それと、夜のシーンはいわゆる“アメリカの夜”という、昼間に夜のシーンを撮る方法を採用したの。夜に子供たちを働かせるのは無理だったし、夜に撮影するとなると照明プロジェクターを使用しなければいけなかったから。普通、その手法で撮ると画面が青みがかったりするのだけど、これもブノワが工夫してくれて、不自然ではない映像を仕上げてくれたわ。しかも、“アメリカの夜”で撮影した日は、普段よりも日差しが強かったので、そのままだと森の陰影がクリアすぎてしまう映像になったはずだけど、これも後日、ブノワと私でデジタル補正をかけながら色彩を調整したの。このように、私が課したさまざまな難しい要求に、ブノワは本当によく応えてくれたわ。
Q4
ロケ地はどちらだったのですか?
撮影はすべてベルギーでやったの。最後に出てくる町はブリュッセル。城館は7〜8つの場所を組み合わせて、一つの敷地に見せているの。森もいくつかの森を組み合わせている。城館は既存のものを使用したんだけど、そのままでは使えなくて色を塗り直したし、ダンスレッスンに使った教室は、城館の中に新たに設えたわ。フランス人にとってベルギーという国は、とても親しみがあるようでいて、何か違和感を覚える所でもあるから、そうした感覚はこの映画にとても良く合っていたと思う。
Q4
女性たちはこの映画をごく自然に受け入れられるのではないかと思いますが、男性たちからはどのような反応がありましたか?
男性たちからのリアクションは二通りだった。「すごく魅了された」と言う人たちと、「見ていてどうも、困った気分になった」と言う人たちがいたの。これはやっぱり、男性たちにとってはちょっと不合理で違和感を覚える世界なのかもしれない。女性たちは結構普通だと感じるでしょうけど、男性のいない世界なので、男性たちの目には奇妙な世界に映るのだと思うわ。ただ、この映画をどのような視点で見るかというのは結局、男性たちが少女をどのような視点で見ているかということとイコールになっている気がするの。だから、少女を見る目に問題がある人は、この映画への視点にも問題があるんじゃないかしら(笑)。ただ、この映画のことを気に入ってくれる男性にとってもやっぱり、少女の世界は異世界だと思う。ある友人の男性が、9歳と11歳の娘たちとこの映画を観に行って、三人とも気に入ってくれたんだけど、お父さんが「でも、この学校、ちょっと奇妙じゃない?」と聞いたら、娘たちは「全然」と答えたらしいわ(笑)。
ギャスパー・ノエさんが日本を舞台にした映画を撮られるそうですが、ルシールさんは参加されるのですか?
いいえ、直接的にはかかわらないわ。応援しているだけ(笑)。すごく楽しみにもしているけれど、参加はしないの。 確かに、初期の短編、彼の『カルネ』や私の『ミミ』では、金銭的な理由もあってお互いに助け合う必要があったので、編集や撮影で協力し合っていたわ。でも、だんだんお互いにやりたいことが違ってきたので、近年の作品、例えば彼の『アレックス』や私のこの『エコール』では、アドバイスはし合ったけれど、直接の参加はないの。

Q.映画に対する向き合い方、立ち位置が異なっているということでしょうか?

映画のみならず、人生に対するアプローチが私たちは違っているのだと思う。彼は割りに行動を起こすほうだけど、私はじっくり考えるタイプだし。映画に関して共通しているのは、二人ともエモーションを通じて映画にアプローチするところね。映画のテイストでも共通点はあるのだけど、人生に対するアプローチに違いがあるので、必然的に映画への向き合い方も変わってくるのでしょうね。
『ミミ』をご覧になった? あの映画のラストにまつわる逸話がまさしく、私たちのテイストの違いを物語っているわ。あの作品は50分ほどの中篇だったので、「あと15分付け足したら長編になるし、売り込むにもそのほうが都合がいい」と、ギャスパーは残りの15分でミミの復讐を描いてはどうかと言ったの。ミミが大人になってから、(母親の当時の恋人だった)ジャン=ピエールがしたことを母親に打ち明け、母親の新しいパートナーがジャン=ピエールに暴力で復讐する……というストーリーを考えてくれたんだけど、これってすごくギャスパーらしいわ(笑)。でも私は、「そうね。でも、私はピンと来ないわ。私にとっては、ミミが一人病院にいるところで完全に終わっているの」と答えたの。これなんて、ギャスパーと私の違いをとってもよく表しているわね(笑)。
編集部の呟き
本作には、エコールを卒業して外の世界に出るビアンカという少女が登場する。監督にお会いした瞬間、彼女に似ていると思い、そう言うと、「そうなの。私の第一助手がある日、彼女が演じているところを見て、笑っていたのよ。“どうして笑ってるの?”と聞くと、“あなたとそっくり”って。でも、彼女を選んだのは全く偶然のことだったのよ」と恥ずかしそうにニッコリ。東欧の貴族階級出身ということで、物腰が柔らかで落ち着いた佇まいの監督は、終始静かな微笑みをたたえながら優しい声で語ってくれた。 それにしても、この端正な美意識の持ち主であるルシールと、作る映画もルックスもフランス映画界のパンクな異端児ギャスパー・ノエがカップルだというのだから、男女の世界は奥深くミステリーだ。
(取材・文:松浦真居、写真:藤田隆之)
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