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| 最後まで事故もなく無事に終われるよう、それだけを願っていました
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| 近代化の波が押し寄せる北京の一角、胡同(フートン)で、12歳から見習いとして働き始め、81年経つ今なおこつこつと理髪師として暮らしているチンお爺さん。古都・北京特有の文化、風土、人情をあぶり出しながら、新しい波が古いものを駆逐していく様を、諦観と痛みをもって描いた「胡同の理髪師」。この作品の監督であるハスチョローさんにお話を伺った。
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[ハスチョロー監督] 1966年、モンゴル生まれ。89年に内蒙古大学卒業後、内蒙古映画製作所に入社。これまでに数多くのTVシリーズを手がけ、国内の賞を受賞している。00年、長編劇映画第一作「草原の女」を発表。03年の「秘境モォトゥオ…」でその才能が高く評価される。その他の監督作品として、「送礼」「阿呆」「迷網」などがある。
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「胡同の理髪師」
配給:アニープラネット
2月9日(土)より岩波ホールにて公開
オフィシャルサイト |
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| この作品は胡同で理髪師として81年間働き続けているチンお爺さんを追ったドキュメンタリー…というわけではないんですよね?
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| そうですね、ドキュメンタリータッチの劇映画と捉えていただくのがいいと思います。なぜ敢えてチンさんご本人に出演していただいたかというと、他の人がこの役を“演じる”のではなく、チンお爺さんの普段の生活をリアルに撮りたかったからです。なので大まかなストーリーを作り、そこへチンさんの実生活を一枚一枚絵のように当てはめていって撮影を進めるという手法をとりました。これは私にとっても初めての試みでした。 |
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| 完全なドキュメンタリーとして撮らなかった理由はなんなのでしょう。 |
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| 実は私がチンさんを知ったのは、あるドキュメンタリーTV番組を観たことがきっかけだったんです。それは正に彼の実生活を追った番組だったんですが、とてもよく撮れていたので、自分はこれを超える映画をつくらなければと思いました。そのためにはどの切り口から撮るかがとても重要だったので、テーマを決めるのに長い時間をかけました。そして最終的に、人間なら誰もが直面する死をテーマに、精一杯生き、静かな臨終のときを迎えるためにはどのような心積もりで日々生きていけばよいかを描こうと決めたのです。
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| チンさんを見つけるのにはとても時間がかかり苦労したんですが、ようやく会ってお話すると、出演を難なくOKしてくださったんです。実は後から聞いたら、チンさんはドキュメンタリーを撮るものと勘違いしていたそうで、テレビの時と同じように自分は普通に生活していればいいと思っていたそうなんです。そうしたらぶ厚い台本を渡され、セリフもいっぱい覚えなきゃということがわかり、後で「監督にだまされた」と言われました(笑)。 |
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7〜8回書き直して骨組をつくり、そこから4ヵ月程かけて最終的なかたちに練り上げていきました。脚本を書くにあたっては、私と脚本家でしばらくチンさんと一緒に生活をしたんです。彼が日々どのように暮らしているかを知ることが何よりも大切でしたから。チンさんが常連さんの所に髪を切りに行くときももちろんついていきましたよ。
――映画の中でチンさんが話す印象的な言葉の数々も監督が作ったのですか?
そうです。チンさんと長い時間一緒に過ごし観察を重ねた上で、彼が言いそうな言葉をイメージして書き上げました。チンさんの言葉そのものを使ってしまったら、私が考えているストーリーから外れてしまう可能性も大いにあったので、それはできなかったんです。 |
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| 常連客やご近所さんなど、チンさん以外にも個性的な老人がたくさん出てきますが、彼らはチンさんのお知り合いの方ですか? |
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いえ、全然関係ない人ばかりです(笑)。私が思い描いたキャラクターに合う人たちを北京や胡同から探してきました。例えばチャオさんの隣人でチャオさんの世話をしている歯の欠けた女性、彼女はあの辺りをロケハンしていたときに偶然見つけたんです。もう一人、ミーさんという老人は、これもたまたまロケハン中に通りかかった養老院のバルコニーで日向ぼっこをしていたところを見つけ、出演を依頼しました。彼は昔、建設労働者だったそうです。
――ということは殆ど一般の人ということですよね?NGはなかったんですか?
もちろんNGの連発で大変でしたよ(笑)。何テイクも撮り直したので、もの凄い量のフィルムを潰しました。一般人にこだわったがために、時間とお金がたくさん消えましたね(笑)。でも良い映画が撮れたので、その価値は十分ありました。 |
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| チンおじいさんが飼っている猫がとても芸達者でかわいかったのですが、どこで見つけたんですか? |
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出演者のキャスティングも大変でしたが、あの猫を探すのもひと苦労だったんです。ペットショップで4匹買ってきて、チンさんに慣れてもらうためしばらく一緒に生活してもらったんですが、噛み付いたり暴れたりあまりにいたずらで、チンさんも一時病気になってしまったほどでした(笑)。4匹ともとにかくじっとしていないので撮影できない、どうしよう…と頭を抱えていた時、たまたまゴミ置き場で野良猫を見つけたのがあの猫だったんです。
――今もチンさんが飼っていらっしゃるんですか?
いえ、小道具さんがどこかに連れていっちゃいました(笑)。この映画に出て以来すっかりスターになってしまって、他の作品にも出ているようですよ。 |
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90歳を過ぎた方を主人公にした作品を撮るということは、その人自身ももちろん大変ですが、スタッフ側も非常に困難が多いものです。いつ健康状態が悪くなるか分からないので、多くの人から無謀だと言われました。もし彼が動けなくなったら、作品自体が頓挫してしまうからです。だから最後まで事故もなく無事に終われるよう、それだけを願っていました。
例えばこんなことがありました。ある時、撮影の準備をしていると、チンさんの実の娘さんが「お父さんが危ないんです」と駆け込んできたんです。行ってみるとチンさんはベッドの中で、セーターがびっしょりになるほどの汗をかいて苦しんでいました。1時間くらい彼の手を握っていると、ようやく目を覚ましてくれたんです。クスリを飲んだら少しは楽になったようでしたが、傍から見てもとても弱っていることは明らかで、それでもおじいさんは、「監督、続けましょう」と言ってくれた。私たちスタッフはあんなにつらそうなチンさんを目の前にしてとてもじゃないけど撮影を続ける気にはなれなかったんですが、「やりましょう。明日はいないかもしれない、だからこそ今撮りましょう」と言ってくれたんです。娘さんも、「父がそう言っているのだから」と理解してくれました。その時私は、あの状態で撮り続けたら人としてあまりに残酷だと思うと同時に、監督としては、残酷ではあるがどうしても撮りたいと思ったんです。それで、予定では5つくらいあったシーンを1つに減らし、撮影しました。夜チンさんが自分の家をじっと見ているシーンがそれです。映画の中ではこのシーンは10秒くらいですが、実際は2分くらい、ずっとカットの声がかけられませんでした。
撮り終わるとすぐチンさんを病院に運んだんですが、その後スタッフ皆、涙が止まりませんでした。チンさんの「人に迷惑をかけたくない」という高尚な思いに打たれたんです。そのような感動的なエピソードは他にもいくつかあり、今でも忘れられない思い出となっています。 |
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ほんとうは監督とチンお爺さん二人一緒のインタビュー予定だったのですが、前日に来日というハードスケジュールに体調を崩されてしまったチンさんは残念ながら出席できず…。93歳というご高齢ですから無理もないのですが、スクリーンの中でとてもチャーミングだったチンさんにぜひお会いしたかったので残念…!でもその分監督がたくさんお話してくださいました。とても静かな、そうして人としてどう生きるかをふと立ち止まって考えさせるそんな作品です。皆さんもぜひご覧ください。
(取材・文・写真:星野ロカ)
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