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| 時代を越えた、人種も超えた、若者たちの根底に流れる生命エネルギーの話を描きたかった |
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| 88年、自らが原作・脚本・演出・主演を手がけ、回を重ねるごとに国内のみならず、海外にまで話題を呼んだ『THE WINDS OF GOD -KAMIKAZE-』が、初演から18年の時を経て、ついに今井雅之自らの手で映画化された。しかも、今回は海外での公開を前提に製作され、日本人の出演者全員が全編英語で演じるという前代未聞の挑戦! そんな挑戦に勇敢に挑んだ今井雅之さんに、撮影中のこと、映画化への思いについて話を聞いた。 |
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[今井雅之]
61年生まれ。陸上自衛隊を経て、86年法政大学文学部英文学科を卒業。91年、奈良橋陽子演出『MONKEY』で舞台デビューを果たし、93年にはエル・カンパニーを結成。その後、映画、ドラマへも進出し、95年の映画『静かな生活』で日本アカデミー賞優秀助演男優賞を受賞。04年には、『SUPPINぶるうす ザ・ムービー』(主演・原作・脚本)で映画監督デビューを果たす。 |
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『WINDS OF GOD−KAMIKAZE−』
配給:松竹
8月26日よりシネ・リーブル池袋にて全国順次ロードショー
オフィシャルサイト:http://winds-movie.com/index.html |
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| 95年の映画では、主演・脚本を担当されてましたが、今回主演・脚本に加えて、監督もされたということで、まず率直な感想を教えて下さい
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今回僕が一番監督としてこだわったところは、大きく分けると3つくらいあります。まず一つは、鹿児島で撮りたかったということ。茨城とか静岡にも飛行場があるんでそこでも撮れるんですが、僕はずっと国分基地で撮りたかったんですね。そこに滑走路があれば一番良かったんですけど(笑)。また、季節も4月で、ちょうど60年前の特攻が4月5月だったので、その地場と気候と匂いを感じながら撮りたい、と。そこが一番こだわりましたね。
次にこだわったのは、本物のゼロ戦ですね。世界に一台だけ飛ぶゼロ戦があるのを知っていたので、僕が知る限り、本物のゼロ戦を飛ばしたのは日本映画でも初めてじゃないかな。18年前から書いたイメージがそのままあったので、残念ながら前回の時は出来ませんでしたが、今回だけは予算なくてもそこだけは(笑)って感じで。そこの一瞬のシーンだけは100点ですね。僕のイメージ通りです。
あと一つこだわったのは、俳優たちです。たまたま僕が元陸上自衛官なんですが、日本映画で兵隊さんを観た時に、みんな着せ替え人形になっているんですよ。その点、ハリウッドはとても上手くやっています。やっぱりみんな軍隊に1ヵ月や、2ヵ月所属しているんですよね。ただ、日本はいくらギャラが少ないといっても、それはねえべやって(笑)。例えば髪の毛とかロン毛だし、上官が話す時に襟を立ててるし、まあ映画としては僕らよりヒットしていますが、映画ファンとして許せなかったんです。やっぱり歴史を伝えていくというのは大事だから。観てて気持ち悪くなっちゃったんですよ(笑)。なので、俺が監督するときは、絶対そんなことをさせない、と。今回役者は全員自衛隊入れて、それでも足りないから、1ヵ月間、リハーサルをむちゃくちゃ組んだりしました。どこまでむちゃくちゃかというと、誰かが泡吹いて倒れるまで。そこまで本当にやりました。他の戦争映画に比べると、小さいですけど、30人の隊員たちがあそこまで訓練している映画は日本映画ではまずないと思います。
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| 今回の特徴的な部分として、出演者は日本人ですが、皆さん英語でセリフをしゃべられています。基本的にこの作品が世界を目指している背景があるからだと思いますが、その辺も含めて何故そうなったのですか?
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ずっとこの作品をブロードウェイでやっていたので、僕は英語に関してはあまり躊躇しなかったんですが、一つ大きな動機になったのは、01年の9月11日のテロで、そのテロの攻撃を「KAMIKAZE ATTACH」と、向こうの有名紙に書かれてしまったんです。その時僕は13年この芝居をやっていて、他の方はどう思われたか知りませんけど、僕はすごい腹立ったというか悲しかったんですね。罪のない人質を乗せた旅客機を乗っ取って、攻撃をしてこない罪のないOLやサラリーマンが働いているビルを攻撃して、それをそう日本語を使われて表現されているんですよ。何で政府やマスコミは謝罪を求めようとしないんだろうと、それは日本人としてすごく思いましたね。
目の前でお父さんやお母さんが焼かれるような空襲が毎日あって、一面が焼け野原になって何十万も死んでるような、ギリギリの中での戦争で、意味も分からず、ただ母ちゃんたち守りたいと、必死でそれだけで生きたあの攻撃や戦法と、あのテロを一緒にされて、僕はどうしても黙っていられなかったんですよ。とにかく、そんなアメリカに自分がやってきた答え出す意味も込めて、英語で作りました。ただ分かってもらいたいのは、僕は日本人の心を売ったわけではないですし、日本のスピリットを伝えるために、こういう手法で映画をやったのです。ましてや、アメリカの方々は、字幕スーパーを読まないんですよ。字幕スーパーが付いている映画は映画じゃないとはっきり言います。ましてやアジア人が出ている映画も映画じゃないと言われたんですけど、そこだけは下りず、英語の部分だけ下りました。そして、市場をアメリカにして、向こうは半端じゃない市場を持っているんです。日本というのは1億2千万人にしか市場がないんですよ。韓国・中国にはある程度持っていますけど、こういう作品はダメですからね。なので、まあアメリカだったらまず出来るだろうと思って、その意味もあって英語で作りました。
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| 先ほど述べた、こだわりの一つである鹿児島での撮影ですが、多くの住民たちがエキストラとして参加して、とても協力してくれたそうですね。そんな中での鹿児島での撮影はいかがでしたか? |
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実は今回、何の後ろ盾もつかなかったんですよ。配給元の松竹は作品が出来上がってからついたので。なので、最初は本当に俺一人というか、市役所や鹿児島の県庁にも行ったんですが、もう箸にも棒にもかからなくて。全く相手にされない時期が1年くらい続いたんですが、突然竹下さんという地元の社長が、僕が何回も行くから、「あんた偉いね」って気にかけてくれたんです。それから話が進んで、竹下さんが地元の商工会とかに口効いて、「私はあんたの気持ちに打たれたから、私が人を集めるから、あんたがみんなの前で自分の気持ちを訴えなさい」と言ったんです。それから5〜10回くらいかな、みんなの前でトークショーをしたんですよ(笑)。そこで「ご協力下さい!一円でもくれるとありがたいです」と訴えました。すると、ある人は作りかけのゴルフ場があるからそこを飛行場になさいとか、ゼロ戦は金がかかるから、と地元の大工さんとか電気関連の会社の方とかが、武器とかを作られる方が本物のゼロ戦の写真を見て、みんなと一緒に作ってくれたりしたんですよ。もちろん材料費などは払っていますが、まともに作った価格の3分の1くらいに節減できましたね。エピソードというよりは鹿児島人の気質かもしれませんが、とにかく最初は冷たい(笑)ですが、一度心を開くと熱いし優しいですね。
Q.地元の人たちはもう完成版を観られましたか?
観ました観ました。反応はとてもいいですよ。鹿児島の人たちは特攻というものを受け入れる土地なので、作品もちゃんと受け入れてくれて、今は満席みたいですよ。東京より全然上ですね。もうね、鹿児島だけで終わろうかとも思いました(笑)。 |
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| セリフが英語であること、さらに戦時中が舞台ということで、工夫された点や苦労された点があったと思いますが、いかがですか? |
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僕の中で、その違和感をお客さんが変だと思ったら、これはもう諦めるしかないんですよ。でもアカデミー賞を取った『ラストエンペラー』にしても、中国が舞台なのに英語しゃべってるじゃないですか。よく考えたら、あんなに英語をしゃべれる人いないですよね。だから僕はそこは逆に心配してませんでした。ただ、一番心配したのは、心が入っていないと英会話になっちゃうですよ。例えば、「I want coffee」だと英会話だけど、「I wanna coffee,Pleease!!」(強弱をつけながら)っていうと通じるじゃないですか。つまり感情の英語を覚えるのが本当に苦労しましたね。だからって、英語をしゃべれる奴らも、やっぱり心がないと、命を吹き込むような言い方をしないといけませんからね。そこはすごい気をつけました。ただ、よく試写で言われたのは、日本で外国ロケの場合、よく英語をしゃべているけど違和感がある、でもこの作品は、気づいたら英語だって気にならなくなったって言ってくれて、安心しましたね。
Q.例えば「Yes,sir!!」とか、昔の日本軍の言葉を英語に置き換えるのは難しかったのでは?
これは難しかったですね。例えば“大義名分”ってあるんですけど、英語には“大義名分”はないんですよ。それで“Mission”にしてるんですが、この言葉はどちらかと言うと、キリストからきた言葉なので、本当はちょっと違うんですね。大義名分というのは、当時は天皇陛下がいて、自分が人を殺してしまう、自分が死んでしまう、そういう自分を納得させる“大義名分”と、“Mission”はやはり違うんです。だけど、分かり易く言うとそうなのかな、と。あと原作で、「何で殺し合うの?そんなんだったら、算数ができないわしの方がましや!」ってセリフがあるんですが、英語だと、アメリカには算数が出来ない人はいっぱいいて、それがなんなの?って感じなんですよね。算数というのは、そもそもは日本の発想なんです。なのでそこは変えて、「難しい字は読めないけど」にしました。あと、最後に特攻隊が敵の攻撃に突っ込むシーンで、「お父さん!」って叫ぶシーンがあるんですが、日本語だと美しいんですよ。“お父様”と“お父ちゃん”の、愛とリスペクトが両方入っているというか。でも英語で「Father!」というと、父、牧師の意味なんですね。そこで考えたのが「I Love You,father!」ですね。そういう日本語と英語の難しさはありましたね。 |
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| 今回千葉真一さんや、渡辺裕之さんなどベテランの方が出演されてますが、今井さんからオファーしたのですか? |
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| 千葉さんは僕からオファーしました。やはりアメリカで活躍している日本人の代表として出演していただこうかな、と。さすがに存在感は凄いですね。また、僕の舞台も観てくれて感動してくれて、協力するよと言ってくれました。渡辺さんは、自分からテープ送ってきてくれたんですよ。どこからかオーディションがあることを聞きつけて、受けさせて欲しいと。英語のセリフで撮ってて、自分でカメラ撮りもしたみたいで。実は僕があるドラマの撮影をしていた時に、あるスタッフから映画やるんですか?と聞かれたんですね。まだ発表してなかったので、なんで知ってるか聞いたら、渡辺さんが映画の台本を持ってずっとセリフの練習をしてましたよって(笑)。現場の台本をまるで見ないで、そっちばかり読んでたみたいで。それ聞いて、すごい情熱のある方だな、と思って出演していただきました。
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| 出演者の中で、相棒役の松本匠さんの演技も本当に素晴らしかったのですが、舞台でも長らく共演されていて、今回再び映画でも共演されていかがですか? |
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| 彼とは97年から、一緒にオフ・ブロードウェイとかに出ていたので、すごく芝居がやりやすかったですね。英語は僕の次に上手じゃないですけど(笑)。実はあの役のオーディションもしたんですが、彼の7、8年の役作りを出来る人がいなかったんですよ。彼はブロードウェイでもやってるし、しかも英語でもやってるので、まあ最後まで悩みましたが、彼に決めましたね。あとは英語と映画の映り方を勉強してもらって。すごい下手なんで、そこは監督として、先輩として指導しましたね。うるさかったと思うけど。
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| 今井さんは元自衛官で、戦車にも乗られたそうですが、実際ゼロ戦を目の当たりにして、興奮しましたか? |
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| 僕は右とか左とかじゃないんですが、昭和36年生まれで、僕らの世代はほとんど子供の時のおもちゃがゼロ戦だったりとか、戦艦大和だったりするんですよ。漫画とかも、仮面ライダーやら月光仮面やら忍者とかで育ったので、やっぱりかっこいいって思うんですよね。ゼロ戦もすごい好きだったので、初めて見た時は嬉しかったですね。乗っていいと言われたので、ハッチを開けて乗ったときは「すっげ〜…」と興奮しました。 |
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| 原作では現代の人物が今回はアメリカ人なっていましたが、設定を変えることでの苦労はありましたか?
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| もともとのテーマは、僕の中では時代を越えた、人種も超えた、若者たちの根底に流れる生命エネルギーの話にしたかったんですよ。なので、別にアメリカ人だろうが、アフリカ人だろうが、それは一緒だと思います。ただ、アメリカ人の設定に変えたことで、ブラックユーモアが引き立ちましたね(笑)。今回は、たまたま白人にしてくれと言われてそうしたんですが、撮ってみるとすごく刺激的でしたね。非常に皮肉というか。だって、アメリカ人がアメリカ人を殺そうとしていているんですから。しかも彼らが原爆を落としたことについても、「I'm sorry.(ごめんごめん)」って(笑)。ああいうシーンとか、すごいブラックでしたね。でもそこで、泣いて謝ると嘘になるんですよ。僕はあまり信じてないですが、来世前世があるんだったら、例えば僕が今北朝鮮と戦争するとして、そして僕の前世が北朝鮮人とすると、…くだらないってことですよね。魂は一緒なのに、違う国に生まれて、違う色に生まれただけで同じ人種を殺すというのは。なので、映画の中ではそういうブラックユーモアが込められたかな、と。ここまでブラックを描いた日本映画は他にないと思いますよ(笑)。 |
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あくの強いの強い強烈な顔と個性的な演技で、ドラマ・映画界には欠かせない存在の今井雅之さん。元自衛隊という肩書きもユニークで、何しろ生まれて初めて自分が運転した乗り物が「戦車」だそうだ。
今までいろんな方にインタビューをしていると、正直、作品と距離があるような、あまり思い入れのない話し方をする人が中にはいるが、今井さんは、書き足りないほど本当に多くのエピソードを語ってくれ、何よりインタビューを読んでくれたら分かるように、“全て自分でやってる”からこそ、出てくる話の数々が本当に面白い。そんな、こっちが「えっ!?」「本当ですか!?」と驚くような話をしながら、時折ニヒルな笑顔を振りまく今井さんは、思わず「兄貴!」と叫んでしまいそうになるほどの頼もしさを覚えてしまう。
ただ、インタビュー場所に、黒のサングラスをかけてセカンドバックを持って現れた時は、いや〜、迫力満点でした(しかも場所六本木だし)。 (取材・文:あいあい、カメラ:昼神幸吉)
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