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| 日本の映画は小さい頃から何百回も観てました。日本映画の異質で不思議な、独特な雰囲気に惹きつけられるんです
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| 1970〜90年代の混迷するイランで、ロックとユーモア、そしてちょっぴりの反抗心を胸に少女から大人へ成長していく主人公マルジ。3代に渡る母娘の愛情と、マルジの激動の半生が、ビビッドな映像と繊細な少女の感性で描かれる。第65回ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞にノミネートされたことが発表されたばかりのこの作品で、自身の半生を映し出した人気グラフィック・ノベルを映画化した監督マルジャン・サトラピと、共同監督を務めたヴァンサン・パロノーに話を伺うことができた。
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[マルジャン・サトラピ] 1969年、イラン・ラシュト生まれ。テヘランで育ち、政府により閉鎖されるまでフランス語学校のリセに通う。14歳でウィーンに留学し、94年に渡仏。ストランブールでイラストレーションを学ぶ。イラストは「リベラシオン」「ニューヨーカー」など、世界中の新聞や雑誌に掲載され、子供向けの本も数冊執筆している。4巻からなるグラフィック・ノベル『ペリセポリス』の初巻は、00年11月にラソシアシオンよ社より出版。16ヶ国語に翻訳され、世界的なベストセラーとなる。本作には原作・監督・脚本として参加。
[ヴァンサン・パロノー] 1970年、フランス、ラ・ロシェル生まれ。17歳で学校をドロップアウト。絵を描いたり、バンドを組むなど、様々な趣味を転々とする。01年に「Winshluss(ウィンシュラス)」の名前で、バンドデシネ(漫画)作家としてデビューし、人気のイラストレータに。その不気味な笑いが作品の特徴として知られている。『ペリセポリス』が初の長編作となる。本作にはマルジャンとの共同監督・共同脚本として参加している。
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『ペルセポリス』
配給:ロングライド
12月22日、シネマライズほか全国順次ロードショー
オフィシャルサイト |
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| カンヌ映画祭でこのアニメを観たとき、あの原作の絵が動いていることにとても感動したのですが、マルジャンさんご自身は、初めて自分の原作の絵が動いたときどう思いましたか?
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| サトラピ:そうですね、ちょっと失神しそうになりました(笑)。キャラクターたちはやはり作者にとって分身なわけですから、自分の漫画がひとりで立って歩き、ひとりで話し出すというのを見るということは、とても圧倒されるような経験でしたね。 |
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| アメリカンポップカルチャーだけでなく、フランスのポップカルチャーもイランのティーンエイジャーには親しまれていたのですか?
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サトラピ:もちろんです。イランだって色々な国の映画が入ってきますから、フランスの女優さんたちも映画を通してみんなに知られています。イスラム革命の後は、映画館で上映されるのはイラン映画であったり宗教的なものであったりしたのですが、皆、ホームシアターやDVDで楽しんでいましたからね。
私自身の立場としては、今は故郷を離れて亡命者としてフランスで暮らしていますから、フランスでフランス語の映画を撮るということはとても自然なことなんですよ。例えばヨーロッパの国の人であってもアメリカで映画を撮ればそれはアメリカ映画ということになりますよね。だから私もイランという血筋を持ちながらフランスで撮ったということで、『ペリセポリス』というのはフランスの映画であると思っています。 |
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| 『ペリセポリス』というタイトルに込められた意味は何なのでしょうか?
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サトラピ:“ペルセポリス”という言葉はギリシャ語で、古代ギリシャ国家の首都で、ギリシャ人が名付けてくれた“イランの町”という意味があります。なぜこれをタイトルにしたかというと、みなさん今のイランの現状というのはご存じだと思いますが、イランの現在は、やはり過去なしには語れないと思うんです。なので歴史というものに対する思いを喚起するためにもこのタイトルを付けました。
79年以降、イランはどこか過去と切り離されたようなイメージで見られがちですが、5000年の歴史があってこその今があるんです。侵略されていてもそれには終わりがある。革命があって、戦争があって、変化があるからこそ今ここにイランという国があるということです。
また、“ペルセポリス”という言葉の響きが大変美しくて覚えやすいというのも理由のひとつでした。
パロノー:それに少し付け加えると、例えば『少女マルジャン、テヘランへ』とかそんなタイトルでも分かりやすくて良かったのです。けれどそうではなくて、こういう美しい言葉を使うことによって人を惹きつけられるし、シンプルな言葉こそが物事の複雑さをより表してくれるという効果も狙いました。 |
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| ジャファル・パナヒ監督作『オフサイド・ガールズ』のポスター製作に協力することになったきっかけは何なのですか?
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サトラピ:理由はとても簡単ですよ。とてもこの映画が好きだったんです。イランの女性=“悲惨な状況にある可哀想な女性”というステレオタイプな描き方をしていなかったところがです。もちろんイランの政治というのは女性にとって抑圧的なところもありますし、わたし達の味方であるとは言い難く、状況的にはとても難しいです。けれどイランの女性たちはそれに対して何もしていないわけじゃありません。この映画はそれを示しています。イラン女性たちが毎日している努力を見ないふりすることはできないから、私はそのことを伝えたかったのです。
最近はイランでも、男性よりも熱心に勉強をしたり、自分の権利のために結婚しないことを選ぶ女性も増えてきていますからね。そんな彼女たちのリアリティを、現実的に美しく描けているところも大変気に入っています。このポスターもそうですが、自分の思い描いていたビジョンをきちんと形にできたので、自分のやった仕事には満足してますね。
また私はひとりっ子でしたが、家族から“娘”という風に育てられたことはないんですよね。「女の子だからこれしちゃダメ、あれしちゃダメ」と言われたことはなく、11歳の頃から父親と一緒に車のタイヤの替え方も学んだし、家族が私に“自立した強い女性になってほしい”と思って育ててくれたのが、わたしの人格形成に大いに関わっていると思います。 |
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| グラフィックノベルを描くことを職業にしようと思った理由は何なのですか? |
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サトラピ:最初、漫画やイラストは描いていましたが、それを買ってくれる出版社はなかったんです。なのでそれを職業にしたいというよりは、「友人に見せるくらいでいいわ」と思っていたくらいでした。でもなんとか出版社が見つかって、買ってくれる人もいるので、今私はこれを職業にしていますが、漫画家になろうと自分でキャリアのプランを立てようと思ったことは実は一度もないんです。なぜかいつも私の人生は、何かが偶然訪れてそれを一生懸命やるということの方が多いんですよね。
パロノー:映画にしても同じですが、先にターゲットを決めてそこに向けて作るというのではなく、やはりモノ作りというのは、作りたいものを作ってそれが多くの人に認めてもらえたときほど幸せなことはないんです。もちろん他人の言うことを聞かなければいけないときもあるけれど、アーティストとしては誰かの言いなりになるのではなく、執拗に自分のやりたいことをやり通すことも重要だと思います。だから、自分達がやりたいことをとことんやったこの作品に、沢山の人がついてきてくれて成功したことは、私達にとってこの上なく気持ちの良いことでした。やっぱり自己満足では終わらせたくないですからね。 |
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| 作品の中で、日本の映画についての会話が出てきますが、日本映画はよく観られるのですか?何か影響を受けた作品はありますか?
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サトラピ:はい。大きな影響を受けたアーティストの一人に黒沢明監督がいます。6歳のときに黒沢監督の『羅生門』を初めて観ました。そのときの衝撃がわたしの思考に大きな影響を与えたのです。というのも『羅生門』というのは、ひとつの事実が複数の人たちによってそれぞれのビジョンで語られています。彼らは誰も嘘をついていないのに、ひとつとして同じビジョンではないのです。そのことに圧倒されました。個人の視点は決して絶対的なものではなく、相対的であることを学んだのです。自分が「こうだ」と思っていても、それに真っ向から反対できるもの、またそれが正しいと言えるような見方が複数存在することをそのとき知りました。“知的な部分”での自分の方向性は、このときに決まったと思っているくらいです。
あと黒沢監督の『七人の侍』も、きっと400回以上観たんじゃないでしょうか(笑)。ほぼ2年間毎日、学校から帰ると観ていましたからね。
パロノー:僕も黒沢監督はとても素晴らしい監督だと思います。北野武監督もそうです。それに日本はアニメに関しても面白いものがたくさんありますよね。特に宮崎駿監督の作品は結構観ていますが、日本映画の異質で不思議な、独特な雰囲気に惹きつけられるんです。僕たちとは全く違ったステキな世界がそこにありますね。腕が切られてしまったり…。
サトラピ:(手振りを加えながら)プシュー!ブシャー!って血しぶきが噴水のように噴出してね。
パロノー:(手振りを加えながら)ぐゎーーっと噛み付いたり、シャキン!とまた切られたり!!
と、宮崎駿映画の戦闘シーンについてしばし盛り上がるおふたり。 |
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| 最後に、作品の中でマルジャンの相談相手として神様が出てきますが、あの神様に込められた思いを教えてください。
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| サトラピ:私はひとりっ子なので、子供の頃から両親や家族の一番のお気に入りだったわけです。そうしたらもう、自分は世界の中心にいるのだと思っちゃって(笑)。そんな世界の中心である私の親友にふさわしいのは、ねずみでも犬でもダメだから、あとはもう神様しかいないと思いました(笑)。そういうところからあのシーンは出てきているんです。 |
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最初は少し硬いおももちで話されていたお二人ですが、宮崎駿アニメの話になると急にテンションが上がったようで、身振り手振りを加えながら盛り上がってお話してくださいました。今の日本とは違った世界を覗くことができるこの作品。監督自身の波乱万丈な人生を知ることもできるので、是非みなさんもご覧になってください。
(取材・文・写真:宮崎彩加)
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