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| 私たちはこの映画で、サルバドールを単に犠牲者、殉教者としてノスタルジックに伝えたかったわけではありません
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| 1970年代初頭のスペイン、フランコ独裁政権時代に実際に起こった話を基に、「人が人を裁く」というテーマを真っ向から描いた、魂に響く傑作。第59回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門正式出品され、また第21回ゴヤ賞では11部門にノミネートされたこの真実の物語について、マヌエル・ウエルガ監督自ら、熱く語ってくれた。
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[マヌエル・ウエルガ監督] 1957年、スペイン・バルセロナ生まれ。若い頃からビデオやsuper 8mmによって映画を制作し、実験的・前衛的な環境の中で名を馳せる。その後、80〜83年に、ジョアン・ミロ財団法人のビデオ部門を任され、番組ディレクター、プロデューサーとしてのキャリアをスタート。ドキュメンタリーやビデオ作品で、数々の賞を受賞する。その後も様々な分野で、ジャンルを問わぬ製作活動を進め、バルセロナ・オリンピックでは開閉会式を監督、また04年には、オペラ『Gaudi』で舞台監督を務めた。本作は、劇映画としては2作目の監督作品となる。
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『サルバドールの朝』
配給:CKエンタテインメント
9月22日(土)より、シャンテ・シネほか全国順次公開
オフィシャルサイト |
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| 監督はこれまで、 ドキュメンタリーや舞台演出など様々な場で表現活動をなさってきました。今回、この作品を作るにあたり、サルバドールの家族や友人に話を聞く“ドキュメンタリー”というかたちも十分有り得たと思いますが、あえて“映画”というかたちをとった理由はなんだったのでしょう?
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| サルバドールを題材にした作品を撮りたいと言い出したのは、僕ではなくプロデューサーでした。そして彼は、この作品をドキュメンタリーでなく映画としてつくりたいと考えていたんです。僕も彼の考えに賛成でした。その一番の理由は、この作品を一人でも多くの人に観てもらいたかったからです。興行的に成功させるため、スペイン映画界では破格の700万ユーロという予算が組まれました。主役にダニエル・ブリュールをもってきたのも、そこらへんの意図があります。彼はスペインだけでなく、国際的にも人気の高い俳優ですからね。 |
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| 拘留されたサルバドールが死刑執行までの間に弁護士や看守と交流を深めていく様など、感動的なエピソードがいくつかありましたが、すべて実際に起きた出来事だったのですか?
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この作品で描かれていることは、100%事実に基づいています。ただドキュメンタリーではなくあくまで映画ですから、時間的な流れを入れ替えたり、感動を高めるよう構成を少し工夫しているところはありますが、脚色やフィクションは一切ありません。そして、起こったことの意味も捻じ曲げてはいないつもりです。
そのために、当時を知っている証言者や生存者すべてにインタビューし、彼らの記憶に基いて、脚本を書きあげました。サルバドールも生きていたら42歳くらいの年ですから、証言者もまだそんなに年をとってはいないですからね。僕たちは史実を捻じ曲げるつもりは全くありませんでしたし、それは倫理上あってはならないことだと考えています。なにより真実を伝えることが、この映画の目的だったわけですから。 |
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| 脚本を書き上げるのに相当時間がかかったのではないですか?
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| この映画は、フランセスク・エスクリバノによる「サルバドールの朝」が原作となっています。この本の映画化権を、プロデューサーが買ったんです。ただ、彼も僕も単に本を映画化するということは考えておらず、その本にプラス、当時を知る人たちの証言を盛り込みたいと考えていました。最終的には、インタビューを含め、完全に脚本を仕上げるのに1年かかりました。 |
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| サルバドール自身もそうですが、家族や友人らもサルバドールの減刑の望みを捨てず、最後の瞬間まで彼を支え続けました。彼らにそうさせたサルバドールの魅力とはなんだったのでしょう。
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家族や友人が彼を信じ、彼を助けるために奔走したのは自然なことだと思います。サルバドールは裁判にかけられましたが、その裁判自体が公正さを欠く茶番劇のようなものでした。そして彼の有罪性が完全に証明されないまま死刑を宣告されたのですから、減刑を求めて必死になるのは当然でしょう。
彼は警官を殺した罪で死刑を言い渡されましたよね。死んだ警官の体からは8発の銃弾が発見されましたが、サルバドールが発砲したのは2発でした。銃撃戦の中、他の誰かが撃った弾が警官を殺した可能性は充分ある。でもそのあたりはうやむやにされてしまったのです。
確かにそれまでサルバドールは政治活動の一部として銀行強盗などもしてきましたが、その目的は、労働者の生活の向上を助けるためのものでした。単なる強盗やテロではないという自負があった。まあそれが良いか悪いかは、それぞれ判断があると思いますが。
しかしとにかく不正な状況で彼が死刑に処されたのは事実であり、だからこそ家族は33年経った今も、正しい裁判が行われることを願って再審請求をしているのです。 |
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| フランコが亡くなってから、スペインはわずか30年の間に劇的な民主化を遂げましたが、フランコによる独裁政権時代というのは、スペインの人々にとって忘れたい、もしくは既に忘れられた過去なのですか? |
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フランコが亡くなってから、スペインはわずか30年の間に劇的な民主化を遂げましたが、フランコによる独裁政権時代というのは、スペインの人々にとって忘れたい、もしくは既に忘れられた過去なのですか?
その質問は、私たちがこの映画を作った動機にもつながってきます。私たちはこの映画で、サルバドールを単に犠牲者、殉教者としてノスタルジックに伝えたかったわけではありません。
おっしゃるとおり、スペインはフランコが亡くなってから短期間の内に、独裁から民主主義へ非常にスムーズで模範的な移行を果たしました。模範的と言われているのは、一般的に民主化には流血が伴うのですが、スペインでは起きなかったからです。異なる思想の持ち主同士も、国民和解というかたちで平和的に民主化を達成しました。
しかし一方では、そんな民主化のあり方について疑問を持つ人もいました。なぜかといえば、フランコ政権時に犯された犯罪は一切不問にするという“終止符法”が適用されたからです。また、フランコが継承者として指名した今のホアン・カルロス国王の資質について疑問を持つ人もいました。
独裁政権の思い出は徐々に薄れてきたことは事実ですが、未だに当時のフランコの影響と負の遺産を感じますね。現在、PP(国民党)というファシスト寄りの右翼政党が政権をとっているのもその一つです。この政党は、フランコ政権の批判と反省を未だにしておらず、当時の実力者の子供や縁者、そして極右主義者が多く所属しています。そのような政治家を抱え込んだ政党が第一党であるというところに不安を禁じ得ないのです。
スペインがドイツと違うところは、ドイツはナチスが行ったことを非常に悪いことだと、自分たちの過去の汚点だと認めているところです。スペインの一部の層、特にPP寄りの人たちは、フランコが行ったことを未だに否定していないし、却下も謝罪もしていない。
当時、サルバドールのように不法な裁判で裁かれた人はいっぱいいました。フランコは軍事クーデターによって政権をとりましたから、発端からして非合法だと私は思っています。その視点でみれば、彼が自分の政権下で行ったことはすべて非合法だとも言えるでしょう。しかし現実にそういうことが起こったのだということを今の若者に知ってもらうこと、そしてそれは完全に過ぎ去った過去ではないということをこの映画を通して知ってもらうことが、非常に重要だと思っています。 |
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こちらの質問に、ひとつひとつ時間をかけ、丁寧に答えてくださった監督。この作品と、祖国スペインに対する深い思いを、彼の長い言葉の中に感じました。監督はかなりの愛煙家ということで、インタビュー中もタバコを吸われていたのですが、最後、インタビュアーと日本のタバコと交換していました。お口に合ったでしょうか?
(取材・文・写真:星野ロカ)
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