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[邦画レビュー]

(C) 2009『鈍獣』製作委員会

(C) 2009『鈍獣』製作委員会

 「鈍獣」といえば、演劇に詳しい人ならピンとくるだろう。クドカン(宮藤官九郎)が04年に舞台劇として書き下ろし、岸田國士戯曲賞を獲得した傑作である。本作はその映画リメイク版であり、宮藤と親交の深いCM界の鬼才ディレクター細野ひで晃が初めて劇場映画のメガホンをとった作品としても注目されている。

 物語のあらすじはこうだ。

 なぜかすべてが相撲中心で動く田舎町ときわに、ある日週刊誌編集者の静(真木よう子)がやってきた。静の目的は、失踪した作家・凸(でこ)やん(浅野忠信)こと凸川の行方を捜すこと。そんな彼女が出会うのは、ホストクラブを経営する江田(北村一輝)と、いい加減な警官の岡本(ユースケ・サンタマリア)、クラブのママで江田の愛人・順子(南野陽子)に、ホステスのノラ(佐津川愛美)という見るからに怪しい面々だった。聞き込みを開始した静は、彼らから衝撃の事実を知ることになる――。

 本作のストーリーは基本的にはコメディである。……しかし、物語全体の底に流れるテーマは実はかなり暗示的かつ不条理なもので、見終わった後には何とも言えない“気持ち悪い怖さ”が後味として残るように作られている。

 たとえば凸やんという男は、殺しても殺しても死なない男として描かれているが、考えてみればこれはかなり恐ろしい。何しろ薬を飲ませたり撲殺したりしても、翌日にはケロリとして笑顔で現れるのだ。僕は常日頃から“死んだと思っていた人間が生きていることほど怖いものはない”と思っているのだが、「鈍獣」はヘタにコメディタッチな分、恐怖が後からじわじわきてタチが悪い。宮藤は本作の脚本を書くにあたって「分からないことの怖さ」を意識したと語っているが、だとしたらまさに狙い通りの作品に仕上がっていると言えるだろう。

(C) 2009『鈍獣』製作委員会

(C) 2009『鈍獣』製作委員会

 ――と真面目に書いてみたが、実はそんなことは個人的にはどうでもよくて、本作の一番の見所は、なぜかチョイ役で登場する元横綱の芝田山親方(本物)がソフトクリームを食べながらゆったりした動きでフレームインしてくるシーンである。凸やんは殺しても死なないが、僕は殺されてもないのに危うく笑い死ぬところだった。

 それにしても芝田山親方、ほとんどセリフもないような役なのになぜか妙な存在感があり、しかも演技ではなく本当にソフトクリームを堪能している様がこちらにも伝わってきて実に微笑ましい。
 この場面は、今世紀の映画史上における最高の笑いどころなのでぜひご覧いただきたい。

 ちなみに芝田山親方のスイーツ好きは有名で、「芝田山親方の欲張りスイーツ」というやたらピンクなブログを運営しているほど。キャスティングとしては大正解である。

 ……レビューの半分を芝田山親方に費やしてしまったが、後悔はしていない。
 笑って、恐怖して、最後にはちょっとホロっとくる「鈍獣」ワールド。芝田山親方の幸せそうな表情と共に堪能してほしい。

 「鈍獣」は5月16日よりシネクイント他にて全国順次ロードショー。