<前の記事次の記事>

[特集]


 いつの世にあっても、辛く険しい毎日を過ごす人々にとって、映画のヒーローは明日への活力を与えてくれる頼もしい存在だ。そしてまた、時代の要請に応じて生み出されてきた様々なヒーローたちの姿からは、それぞれの時代を生きた大衆の思いを読み解くこともできる。平成大不況と呼ばれる現代、人々が新たに求め始めたヒーロー像とはどんなものなのか、「守護天使」から考察してみたい。(文:山田井ユウキ)


∥「ヒーローの条件って何だ?」――そんなことを「守護天使」を見ながら思わず考えてしまった。

   映画界でのヒーローといえば、たとえばアクション映画なら悪と戦って世界を救うマッチョマン、あるいはSFなら宇宙船を操って地球を守るスーパーパイロット……なんてのがステレオタイプなヒーロー像なのだろうけど、実は結構その真逆に位置するヒーローもいる。

  本作のヒーロー(?)である須賀啓一もそれに当てはまるが、ハリウッドでも、たとえば少し前に大ヒットした「スパイダーマン」シリーズのヒーローであるピーターは、スパイダーマンに変身していなければオクテのちょっと情けない普通の青年であり、どうもパッとしない。他には「ショーン・オブ・ザ・デッド」のショーンもいまいち冴えない男だし、「トランスフォーマー」のサムもおっちょこちょいで危なっかしいヒーローだった。

  ……いやもちろん、こうした“ダメなヒーロー”は昔からそれなりに見かけるのだけど、どうも最近は映画界での“ダメヒーロー率”が高まってきているような気がしてならないのだ。


  じゃあいったい“ダメなヒーロー”の何が僕たちを惹きつけてやまないのか? 思うに、その要素は2つある。

まずは“ダメさ故の親近感”だ。

  僕たちは決して完璧な人間ではないし、むしろどちらかといえば、劣等感を抱えながら何とか自分と折り合いを付けて毎日を過ごしている人がほとんどだろう。しかもここ数年の大不況で、日本人は自信や希望を喪失している。そんなときに“完璧なヒーロー”を見せられても、「よし、僕も頑張ろう」ではなく、「どうせあんな風にはなれないよ……」と、ヒーローとの落差を痛感するだけで終わってしまうことも大いにあるのではないだろうか。

  しかし、“ダメなヒーロー”はそうではない。彼らの持つ“ダメさ”という人間的な一面は、ヒーローとしてスマートなものではないかもしれないが、だからこそ僕たちはそこに自分の姿を容易に重ね合わせて共感することができる。

  ――もっとも、ただ共感できるだけでは単なる傷のなめ合いだ。そこで、2つ目の要素が重要になってくる。

それは“成長”である。

  先ほど挙げたタイトルの主人公たちも、本作「守護天使」の須賀啓一も、物語を通して“成長”する。様々な出来事に翻弄されながらも、自分と向き合い、映画が終わる頃には最初と比べて確かな成長を見せている。そして観客はそんな彼らの成長した姿に、「ならば自分も」という希望を見出すことができるのである。

  現代のヒーローに求められる資質があるとするならば、それは「憧れの存在であること」ではなく、「共感し、一緒に成長できる存在であること」なのだ。

⇒「守護天使」特集Vol.1:「ヒーローの条件って何だ?」
⇒「守護天使」特集Vol.2:「守護天使」が、平成大不況の日本を救う!?
⇒「守護天使」特集Vol.3:「守護天使」予告編

 「守護天使」
 6月20(土)より渋谷HUMAXシネマ、角川シネマ新宿ほか全国公開!
 オフィシャルサイト
 (c)2009『守護天使』製作委員会

| 1 2 3 | 次のページ>